歴史

「NHKをぶっ壊す!」N国党の立花孝志氏は令和の清河八郎になりえるか

令和元年。妙な党ができたという。

国営放送であるNHKを潰すというスローガンのもと人を集め、令和初の参議院選挙では比例で1議席を獲得し、選挙区においての得票率も2%を超えた。

とはいえ結党したのは2013年の「NHK受信料不払い党」からの流れということだから、令和という時代に急にできあがったものでもない。とにかくこれで公職選挙法と政党助成法上における政党要件を満たしたので令和の風雲の中で政党として成り立ったわけである。

いわゆる「NHKから国民を守る党」(N国党、N国とも略される)であり代表者は党首の立花孝志氏である。

ところがこの記事の主は立花孝志ではない。幕末に活躍した清河八郎である。(狂人か)と、みな思ったのはむりはない。

 

清河八郎は文政13年出羽国庄内の郷士・齋藤豪寿の子として生まれた。13歳で関所役人某に師事し学を学び16歳にして後の天誅組総裁となる藤本鉄石と親交を深めたという。

尊皇攘夷の志を立てて江戸に上ったのが18歳のときで東条一堂、安積艮斎のもとで学びつつ、剣では北辰一刀流、千葉周作の玄武館で免許皆伝までになった。昌平坂学問所でも学んだのち学問と剣術を指南する清河塾をつくり弟子が集まりだした。その時まだ24歳、文武として異彩を放っているといってよい。

清河が30歳のとき後にいう「安政の大獄」が起きたことで倒幕、尊皇攘夷の志がますます強くなると発起人に幕臣の山岡鉄舟を含む虎尾の会を結成、倒幕の運動をすすめるも露呈し幕府から追われる立場となった。

いわゆる幕末の尊皇攘夷の典型的な例である。これで何人何千人の志士が命を絶ったかは語るまでもない。幕府から追われる中で清河八郎は諸国漫遊を続け京都から九州を回ることになる。

余談ではあるが、志士の扇動の先には安政の大獄により蟄居させられていた、獅子王院宮のちの久邇宮朝彦親王を擁立して京都に新政府を樹立、尊皇攘夷志士を倒幕軍に仕立て上げることにあったという。

ところが、である。

そんな尊皇攘夷志士たちを扇動し京都に集めていた清河だったが文久2年の頃志士たちに疎んじられ追放、江戸に戻ることになる。

山岡鉄舟を通じて知り合った松平春嶽に倒幕の志と全く異なる将軍警護の浪士組をつくるべく急務三策を提出。攘夷断行、文武優秀なものを重用する、浪士組に参加するものへの大赦という内容のものであったがこれにより虎尾の会をはじめとする尊皇攘夷志士に大赦が与えられ清河自身も自由の身となった。

文久3年(1863年)2月の徳川家茂上洛にあわせて浪士組も上洛、浪士取締役、一番隊から七番隊までの234名が参加したという。

京へ到着した清河はまたも浪士組隊士の前でとんでもないことを言い放った。

「将軍家茂の警護のため京に上ってきた浪士組であるが、只今から幕府の命は受けず尊皇攘夷の志の浪士組になる」と。

異存があれば幕臣であってもたちどころに切り捨てる、そういうと上意文を作成、朝廷に提出したところすんなりと受理され、浪士組に対して勅諚が下された。

「浪士組は江戸に下り上意の通り尊皇攘夷に尽力するべし」

浪士組はこうして江戸に舞い戻ることになったが、これに異を唱えて江戸に戻らず京都に残ったのが京都守護代を務めていた会津藩預かりとなり壬生浪士組のちの新選組となる。

尊皇攘夷の志士を取りまとめて意気揚々の清河八郎ではあったが江戸に戻って2ヶ月後、麻布にて幕臣佐々木只三郎らによって暗殺された。享年33歳。

尊皇攘夷運動からまきおこる幕末から明治維新への流れの中には薩長土肥ら西国の志士の奮闘によるものが大きい。ただそれらの志士を奮い立たせた清河八郎の影響は決して少なくはない。

清河八郎を「維新回天偉業の魁」と表現したのは徳富蘇峰、時代を動かした英雄と表現する人も多い。

 

さて話を戻す。

大阪の高校を卒業後NHKに入社し和歌山放送局から大阪放送局へ渡り歩いた立花孝志氏。

週刊誌に不正経理を告発するも逆にNHKから不正経理による懲戒処分を受け依願退職となる。退職後はみんなの党などを手伝う中政治運動に興味をもち2013年に政治団体「NHKから国民を守る党」を設立、代表となった。

地方を含む市議会議員選挙で当選と落選を繰り返す中、2016年に東京都知事選挙に立候補、落選するもあのスローガンを生み出した。

「NHKをぶっ壊す!」

インターネットなどを通じて勢いを得た立花孝志とNHKから国民を守る党はついに2019年参議院議員。

目的はNHKのスクランブル化であったと言われたが、スローガンとともに民衆に受け入れられた結果が議席獲得したものの流れが変わってきた。

「受信料払うことに対して、真剣に疑問持つ人もいるだろうけど、ふざけて入れている人も相当数いるんだろうなと思う」と冷ややかな対応をするマツコ・デラックス氏に対し撮影現場に押しかけスポンサー企業への不買運動を公言するなど政治運動以外の行動が目立ちつつある。

 

方針変換などで身を翻しながらも自らの政治活動に邁進した清河八郎のように令和の「維新回天偉業の魁」と立花孝志氏がこれから評されるかどうかはこれからにかかっている。

-歴史

Copyright© あれこれやそれこれ , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.