思い出 雑談

1992年8月16日、松井秀喜5打席連続敬遠の日甲子園にいた

投稿日:

LINEで送る
Pocket

遠い夏の思い出

そう、それはすべて家に着いてからわかったことなのだけれど。

僕が大学生の時、同じバイト先の女の子とデートにいったんですよ。

場所は甲子園。行ったことがないというし高校野球の真っ只中で出入りも自由だし面白いよきっと、って。

駅で待ち合わせをして一緒に電車に乗り甲子園球場へ。

 

その子はすごく可愛かった。ある夢を持っていて社員として働きながら夢を追っていました。

夢、叶うといいねと言いながら、仕事が終わってからご飯を食べたり色んな所に出かけたなぁ。

 

甲子園に着いたら外野席に登っていきます。

観客席に出てみると一面に広がる球場の広さに二人で「うわぁ!」って声を上げました。

風になびく彼女のポニーテールは本当に可愛かった。甲子園の芝生よりもまぶしかったのです。

 

空いていた席に座ると二人で試合を眺めます。

たぶん第二試合、宇都宮南対大社。

野球にあまり詳しくなかった彼女に僕は野球のあれこれや高校野球のあれこれを教えました。

当時僕は二十歳、彼女は一つ下だったはずだから19歳、高校を出てからそれほど経ってない二人だったので少し自分たちより若い高校生が必死でボールを追いかけるのを、応援団や生徒が応援しているのを眺めていました。

 

第二試合が終了。

試合は宇都宮南が勝って島根県代表の大社は地元に帰っていきます。

その後宇都宮南は三回戦で尽誠学園に負けてしまい栄枯盛衰生者必滅の理。

試合が終わったところで次の試合の生徒達との席の移動が始まります。

「面白かった、ご飯食べに行こうよ」と彼女がいい、僕たちは大坂へ戻りました。

 

僕たちが帰ったあとの次の試合は今でも高校野球史で語り継がれるもの。

第74回全国高等学校野球選手権大会の第二試合、高知の明徳義塾高校と石川県の星稜高校。

「20年に1人の怪物」と言われた松井秀喜が5打席連続敬遠され、社会問題にもなった試合。

「あとひと試合見ようよ」と言っていたらあの球史に残る試合をこの目で見れたのかもしれない。

でも、あのときの僕には松井秀喜よりもみゆきちゃんが目に入っていたのでした。

 

その後。

彼女は夢を叶えようと有名な劇団に入りNHKの連続テレビ小説に出演するような女優になりました。

あの頃はスマホもなければポケベルすらなかったのでだんだん連絡が疎遠になって終わり。

もしあの時松井秀喜が敬遠されていなかったら、という「もし」と同じように、もし僕たちもそのまま付き合っていたとしたら。

違う人生を歩んでいたかもしれません。

 

LINEで送る
Pocket

投稿記事の下関連記事

-思い出, 雑談

Copyright© あれこれやそれこれ , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.