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体育会とは上下関係が厳しいだけのパワハラ組織ではない【体育会出身者として】

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目先のことが全てだと思わないで欲しくて書きました

たぶん僕が体育会に言及するのはこれが最後です。体験していないと伝えられないことがあるし、体験していないから伝わらないこともあるし。

伝える側の技量がなければいくら叫ぼうがなだめようが伝えることはできないし、これがどこかで誰かの目に止まったからって誰かの感情を変えられるとは思っていない。

でも僕はあの大学の4年間「体育会」という組織の中でスポーツをして、普通に4年間すごした人より辛い事とか楽しい事とか貴重な事とか素晴らしい先輩とか鬱陶しい先輩やかけがえのない同期の仲間、可愛い後輩たちに恵まれたことは間違いない。

それに対して「厳しい上下関係」や「ストレス耐性」を求めるようなことを「体育会系」などと揶揄して今回のアメフト問題はすべて「体育会系」気質こそが元凶であるかのようなコメントをするニュースなどもさんざん見てきた。

はたして本当にそうなのか。

少なくとも私が在籍した大学の体育会、私の所属したクラブにおいて暴力的なものはなかった(ほぼ)し、パワハラまがいのこともあんまりなかった。

そう書くと「ほらあったんだ」といいたくなるかもしれないが、いろんなタイプの人間が存在する以上仕方がない部分もある、と言わせてほしい。それは小学校でも中学校でも高校でも社会人でも同じでしょう。

色んな人がいる以上先輩に対してストレスに感じることもあったし、後輩への指導について悩んだことだってあった。でもそれが単に「厳しい上下関係である」と片付けることはやはり違うと思うし、「ほらだから体育会系って」と簡単にまとめられるのもやっぱり嫌だった。

実際に過ごした4年間のうちの本当のサワリの部分だけの紹介にしかならないかもしれないし、書いてるうちに「ブログの神様」が指に降りてきてとんでもない長文記事になるかもしれない。とりあえず私の記事に「下書き」などは存在しない。

たぶんこれはまえがきなんだけど、結論は頭の中にまだなんにも用意してない。じゃあ書き始めようか(すでに850文字読んでくれてありがとう)

僕がいた「体育会」というもの

体育会の上下関係について

関西では学年のことを「回生」と呼ぶし関東では「年生」と呼ぶらしい。僕の大学は関西にあったので「1回生、2回生」という呼び方だったのでそのまま使わせてもらう。

上下関係があったかどうかというと「あった」としか言いようがない。でもそれは学年ごとにクラブ運営上の役割が存在したし、それぞれの学年がそれぞれの学年に応じた役割を徹底するためには学年に差があって当然だし、クラブ運営や競技の技術的な部分についても経験が豊富な先輩に対し目上に思って当然だと思っていた。

それぞれの学年がそれぞれの責任を負ってクラブを運営しようとすることが「厳しい上下関係」と言われるのであればそうなのかもしれない。3回生が実際はクラブ運営について計画を作り実行させていく(3回生のことを幹部と呼んでいた)のだが、結局は1回生から4回生によるサポートがないと「砂上の楼閣」に過ぎない。

  • 4回生は実際に幹部をした経験から現役幹部のサポートを行う。
    1回生や2回生にメンタルのサポートをしたりすることもある。
  • 3回生は幹部としてクラブの運営を計画実行する。所属している競技の連盟などとの渉外活動や同じ体育会内での横のつながりなども必要。
  • 2回生は次期幹部候補として現役幹部のサポートをしながら来年度のチームづくりを学び、1回生に対しての指導などを行う「中間管理職」
  • 1回生はまだ1年を通してのクラブ運営がさっぱりわかっていないので、まずは自分たちにできることから一つづつ学んでいく。チームを盛り上げることなども大事な行動である

大学によって、クラブによって、個人種目か団体競技かなどによってもクラブの運営方針、決定方法などは大きく変わってくると思う。箱根駅伝などを見ていると監督の采配が大きいように思うし、某クラブのように監督が完全に暴走しているようなところもあるようだ。

しかし実際は体育会という組織の中で学生を中心にクラブ運営は行われていることが多いはず。私の場合顧問だった教授の顔ははんこを1つもらいに行ったときに出会っただけなのでさっぱり覚えていない。

上の学年の人に対して質問をするのであれば「丁寧に質問する」のが当然だし、目上、目下という関係であったことは間違いない。じゃあ厳しい上下関係ってなんだ?

学年が上というだけで横柄な態度を後輩にすれば当然ながら「鬱陶しい先輩である」とレッテルを貼って当然だし貼られて当然。人気はもちろんなくなる。

これを会社で考えればどうだろうか。

先に入っただけ、肩書が課長とついているだけで横柄な態度を取る人がいれば「鬱陶しい上司、先輩」だとこっそり鬱陶しがられるだけ。

もちろんそんな先輩がいなかった、とは言わない。でもそれに余りある「優れた先輩、優しい先輩、頼りになる先輩」がいたからそういう人の1人や2人は気にならなかった。

中学生や高校の部活においてはこういう「クラブ運営」というものが学校の先生によって行われるため「クラブ運営上意味のない上下関係」というものだけが先行してしまっている可能性はある。学年が上だからこそ偉くしていい、という風潮。

後輩だからトンボをかけておけ、とか先輩がいいというまでなにかをしてはいけない、とかそういうやつ。それは単なる先輩の権威付けだから「体育会系」とは言われたくない。そこ、本当にわかってほしいのだが。

「押忍」の世界

これ、信じてもらえないかもしれないんですけど体育会の中は「押忍」がまかりとおってました、普通に。クラブ内の法律のような規則が幹部ごとに決められるんですが(これを統制と呼んでいました)、挨拶についての決まりごともあったりします。

  • 男子は挨拶を「押忍、失礼します」に統一する
  • 女子は挨拶を「こんにちは、失礼します」に統一する。返事については「はい」に統一する

こんなやつが決められます。先輩に出会うと「押忍、失礼します」と挨拶する。女子はどんなに朝早くても夜遅くても「こんにちは、失礼します」という。

じゃあ男子は「ハイ」という時なんというのか、と聞きたい人がいるかもしれないが、これも「押忍」ですべて使い分けます。

  • 「はい」のときは「押忍」
  • 「といいますと?」のときは「押忍?」
  • 「ああ先輩なるほどですね」のときは「押忍押忍押忍」
  • 「がっかりです」のときは「押忍ぅ~~」

冗談だと思うかもしれないけど、これが4年間(まあ4回生には使わないか)日々繰り返されるわけで。

聞き返すときも「押忍?」って聞き返すんだけど、これがついアルバイトをしているホテルのベルボーイ業務のときにもつい出てしまって、外国のお客さんからの問い合わせに「Osu?」と聞き直したことは10回では済まないと思う。

やるときはやる、遊ぶときは遊ぶ

こういうのを徹底するのも体育会の良いところだったと思う。確かにはっきり区別された上下関係ではあったけど、それはクラブ運営内での話。

本当に厳しいだけの上下関係なら一緒に遊ぶのなんて絶対に嫌だと思うけど、冬山にアルバイトでペンション住み込みをしたりスキー場でスクールの先生のアルバイトをしたりした。一緒にビールを飲んでどんちゃん騒ぎをしたり枕投げとかもした。

でもそれはオフの姿でクラブに戻ればまた厳しい先輩と後輩の間柄にすっと戻った。逆にいえばその切替ができないと体育会という組織には馴染めないのかもしれない。やるときはやる、遊ぶときは遊ぶというのはこういうことだと理解することができたのはああいう組織の中のひとりとして1回生から4回生まで過ごせたおかげだと思っている。

「自由というのは規制された中にいるからこそ体感できることであって、なんでもしていい状況の中では自分が自由かどうかなんて理解することができない」

と頭の中で理解することができたのは体育会という規制(抑圧?)された世界の中に生きていたせいかなと思っている(普通に大学生をエンジョイしてたらたぶん僕には理解できなかったんじゃないかな)

そうそう、ウチのクラブは男女部員が同じだったので部内恋愛というのもあったのですが、これはその時の幹部によって「部内恋愛は可能、不可能」が発表されるので、それに応じて恋愛したりしなかったり。

それぞれの学年の苦しみ

よく「1回生は兵隊」「4回生は神様」などと言われてその学年ごとに厳しさがだんだん緩みだんだん学年が上がるごとに楽になっていくような言われ方をする体育会。あえてもう一度言うが、体育会系ではない。大学の体育会の話。

1回生は確かに何もわからないから言われたとおりやるしかしょうがない。だから「わーわー怒られて言われるまま走り回ってたら一日終わる」というのが一番近い。

「1回生!!もっと声だしていけよ!」と怒られることは何回もあったけど、それが理不尽かというとそうとは思わない。1回生でムードを作れないやつが3回生になってクラブを勢いよく運営できるかというとそれは難しい。

2回生も同じ。1回生に指導を適当に誰かにやらせておいて、じゃあ3回生で幹部になって1回生とか2回生を指揮命令してクラブ運営させようとしてもできるわけがない。2回生は2回生の役割があってそれをこなさなければ次の学年になっても何もできなくなってしまう。

1回生は2回生の、2回生は幹部になるための予行演習として今の行動をしているにすぎない。どこかでサボれば翌年痛い目にあうのは自分。1回生のときにダラダラしていたやつが急に2回生になって1回生に偉そうな口を聞こうもんなら幹部の先輩から「お前1回生の時全然あかんかったくせに偉そうやな」などと言われて赤っ恥をかくことになる。

4回生はまぁ間違いなく神。ご隠居だし役割もそれほどないからたまにクラブに出てきてはひょこひょこと遊んで帰っていく。実際1回生から4回生までどの学年も過ごしてきたけど、どの学年が楽でどの学年がしんどいかというとどの学年もしんどかった。

走り回り大声を出す1回生も大変、1回生をうまくコントロールしながら翌年のことをいろいろ考えなくてはいけない中間管理職の2回生も大変、クラブ運営する幹部も大変なのだ。学年が上になったから楽になるとか言われるとちょっと違う。

接待

たとえば僕が在籍していたクラブは合宿が長い。幹部の部屋には1回生が「部屋接待」として待機していて幹部の先輩の雑用を引き受けたりする。そう、幹部を1回生が接待する、という行動についてはなかなか面白くもあり辛いものでもあり。もうここからは正直ネタだと思って読んでほしい。

「天気予報を聞いてきてくれ」
先輩から100円玉を渡されて「天気予報を聞いてきてくれ」と言われたので合宿先の電話に100円玉をいれて天気予報177を押す。「明日は晴れでしょう」と言われたので「押忍、先輩聞いてきました。明日は晴れだそうです」「お前アホか、全部聞いてきて温度や風向きなどをメモしてこい、100円出した意味がわからへんかったんか」わかりませんでした(自分で100円出して何回も聞いてすべてメモして先輩に渡したら褒められました)

「正座」
幹部の先輩の部屋にいることになるので部屋に入った時点では正座。しばらくしていると先輩から「足崩してええぞ」と言われるので体育座りをしようとすると・・・
「遠慮がないやつだ」などと言われる。そうか、この場ですぐに足を崩すのは礼儀が良くないのかなるほど・・・なので、もう一度正座し直してしばらくすると「おい足崩せよ」と言われる。ここで足を崩すとまた遠慮がないと言われるのかと思ってそのまま正座していると「崩してええって言うてるのに人の話聞かへんのか」とか(ネタのようで本当の話です)

「風呂接待」
幹部の先輩や4回生の先輩の入浴のときには同行して「風呂接待」というのがあったりしました。ただ同じように風呂にはいって先輩の話を聞いたりする以外に「背中を洗う」という接待があって。先輩が首を洗い終わったあたりでそっと「先輩背中をお流ししましょうか」と声を掛け、先輩のタオルを預かり背中を洗うわけ。「先輩力加減はいかがでしょうか」「もう少し強く」「押忍失礼しますゴシゴシ」「痛いやないか!」「押忍すみません!!押忍!!!」(ネタのようですが実際はまるでコントです)

「食事接待」
食事の時。まず食堂に1回生がまっさきに来て食事の準備。お茶を入れたり椅子を並べたり。こういう手伝いをすることで宿の宿泊費などが安くなったりする大事。それが終わったあたりに2回生の先輩が到着、入り口あたりに整列。食事の始まる数分前になると部屋接待の1回生が幹部の先輩の部屋に行って「押忍失礼します。食事の準備ができましたので食堂までお願いします。押忍失礼します」といって戻ってくる。

ぞろぞろぞろと食堂に入ってくる幹部の先輩。「押忍~押忍~押忍~」の挨拶。幹部の先輩が席に座ったあと2回生が空いている席に、それが終われば1回生が空いている席に座る。

「手を合わせて。いただきます」というのは主将の言葉。これが終わると一斉にいただきますといい食事が始まる。が!

「先輩、お醤油はいかがですか」と1回生は幹部の先輩に醤油を手渡す。先輩が食べやすいように、ご飯が無くなる前には「先輩おかわりはいかがでしょうか」と声を掛ける。2回生の先輩も同様、お茶の減り具合やご飯の進み具合、おかずの残り量などから「もうご飯はおかわりしないだろう」などと推測しながら食事を進める。

自分が食べ始める頃には先輩の誰かが1杯目のご飯を食べ終わっていて「おかわりいかがですか」などとご飯がなかなか食べられないことも多々あり。また、ガリガリの1回生がいれば「日本昔ばなしご飯を作ってやる」という先輩の一言でご飯5杯分くらいの「ご飯タワー」が作られたりするのも日常茶飯事。(えっそれパワハラなの?)

これ、見た目につらそうに見えるかもしれませんが、結構1回生のときは真剣なのでしんどいとかわかんないんです。そういうものだと思ってたし先輩方は実際偉かったし。

それを厳しい上下関係といわれるとなんだかなぁと思ってしまう。

目配り、気配り、心配り

1回生の合宿の時。4回生の先輩がちょうど来てくださっていて。その先輩の接待で僕がくっついていたんですが「おいサキ、ちょっと話しよう」と部屋の外。玄関の前にあった大きな囲炉裏のところで2人で話をすることになりました。

その先輩はうちのクラブ代表で体育会本部の役員。体育会本部にいるときは学ランを着て超恐ろしい人。近寄るのも不可能。

さらに4回生の先輩はね、神様のようなものです。だってあの幹部の先輩ですら敬う人たち。後光がさしてるとまでは言わないけど恐れ多くて話しかけるなんて緊張の塊。

「なあサキな、接待ってなんだと思う」と質問されて。「????」頭真っ白。
「押忍、お茶を出したりお手伝いすることです」とかなんとか答えた記憶が。

違うよ、とその先輩がおっしゃって。

「接待とは『目配り、気配り、心配り』や」と(思い出すだけでもかっこいい)。

食事中に先輩の御飯の量やお茶の減り具合など周りの状況をそれとなく観察しておくのが「目配り」
相手のタイミングなどを見計らってお茶を勧めようか、おかわりをするかどうか聞こうか、など状況を判断するのが「気配り」
目配りや気配りで判断した結果行動するのが「心配り」
まあそんな話だったと思います。見るだけじゃダメ、判断するだけでもだめ、見て判断したことを根拠として実際に相手のためになることを行動することが大事だと。

その先輩からすれば1回生だった僕はなにか足りない部分がきっとあったんだと思うんです。2回生の先輩からだったら「おいサキお前のここがダメ、こうするべき」と言われたと思うし、幹部の先輩からだったら2回生の先輩に対し「サキのこういう部分をお前たちがちゃんと指導しなきゃだめ」と言われてたんだと思うんです。

でも4回生はそういう方法を取らず二人だけでじっくり話をしてくれたんですよ。18歳そこらの高校を出たばっかりの1回生がもうすぐ就職間近の4回生の先輩に。そりゃ言葉にも重みがあるし、この体育会の4年間、特に体育会本部の仕事を経験された人の言葉の重みというのはすごく重かった。

だってこの話、いまから30年近く前の話なのにこんなに鮮明に覚えているんだもの。

体育会と体育会系

やっぱりこの話は長くなってしまいました。最後まで読んでくださった方はありがとうございました。わかって貰える人にはわかってもらえると嬉しいし、受け入れられない人には受け入れられないかもしれない。でもそれはそれで仕方がないことです。

でも誰になんと言われようが体育会というものに所属した4年間は貴重な4年間であってかけがえのないもの。けっして「暴力的でハラスメントで厳しい上下関係だけが存在する」魔の領域のようなものではありませんでした。

今も先輩、後輩とも仲良く年に1回集まったりしますが、あの時あんな辛かった、腹がたった、しんどかった話が今はお腹を抱えて笑いあえる話に変わっています。クラブ運営という同じことで悩んだり辛かったり楽しかった経験を共有することができた仲間として今は付き合うことができています(大部分の人は)

それを目先のネガティブなイメージだけ先行させて「体育会系」という言葉で表現されるとさすがにちょっと腹立たしい部分もあってツイートなどでついいらっとしてしまうこともありましたが、僕はこの記事を書くことでノーサイドとすることにします。わからない人にはきっともう伝わらないし僕もこだわっても仕方がないので。

体育会系と体育会は違う。僕の思い出の体育会とは全然違うもの、そう思って受け流しておくことにします。ただ。

できることなら「体育会」というものがどういうものなのか、決してネガティブなイメージのクラブ団体ではない、と少しだけでも思ってもらえると僕はすごく嬉しいです。

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