あれこれやそれこれ

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自分の首を締めるから「やばい」という言葉を使わない

私には禁じ手の言葉「やばい」

ネット大好きな私、いろんなSNSをやっています。

  • Twitter
  • Facebook
  • ブログ
  • Instagram
  • LINE(グループとか)

このインターネット上に文字を打つ時に心がけていることがあります。それは「やばい」「ヤバイ」「yabai」という言葉を使わないこと。

試しに「あれこれやそれこれ ヤバイ」などで検索しても私が「やばい」という言葉を使った形跡はまぁでてきません。友達同士のやりとりであっても「やばい」はまずつかいません。「やばいっす」「ぱねえっす」とかもまぁないでしょう。

それは「ヤバイ」という言葉を知らないわけではなく、あえて「意識的に使わない」ようにしているからです。その理由などをちょっと書いてみたいと思います。

短いから

「やばい」って言葉が短いです。3文字しかありません。3文字しか無いということは小さなスペースにも放り込むことが出来るということです。たとえば五七五にも簡単に入れ込むことが出来ます。

まぁそんなことにはなりかねないんですが(笑)ブログしかり短歌しかり文字を連ねるものに対し「ヤバイ」という言葉の短さというのは武器にもなり得るわけです。

ただ、その短さゆえ「書いたものの意図した意味」に取られるかどうかというのは完全に読者に委ねられますよね。さきほどのツイートの短歌も

「春が訪れ、花が美しくその身を咲かせる季節になりました。でもそんな可憐な花々よりも君の方が美しい。嗚呼、この花を君と見れないのが切ない」

 と、受け取れなくもないとは言いますが、私が適当に受け取ったとすれば

「春というのは急に暖かくなることで妙に気持ちの浮ついた人が現れる時期でもある。気をつけなくてはならない、なんといってもキミが一番気持ち悪い」

ということもできるではないか(まぁ無理あるけどね)

そう、この「言葉をどうとでも受け取れる部分」というあやふやさがSNSには向いていないということなんです。

言葉の意味を相手に委ねるから

「こないだボーリング行ってさ-●●ちゃんがガター連続して超ヤバイ」

的な風に使うわけですよね。この場合のヤバイは「面白かった」のでしょう。たとえばTwitterで「やばい」という言葉を検索するとまぁ「やばいやばいやばいやばい」がでてくることでてくること。

  • 青空やばい
  • 涙腺やばい
  • 今日もヤバイ
  • 矛盾ヤバイ
  • 看板とったけどやばい
  • スープの中毒性やばい
  • 普通に話したけどヤバイ

いろんな意味があるわけですよ。ツイートした側には「こう受け取って欲しい」という意味があるものの、それらはすべてまとめられて「やばい」と表現される。それを今度は相手に「やばい」と投げつけることで相手に「意味はそちらで判断してほしい」となるわけです。

たぶんですが先ほどの箇条書きで抜いた言葉たちというのはこういう意味だったのでしょう。

  • 青空が美しい
  • 涙がこぼれそうである
  • 今日もダメだ(???)
  • 激しく矛盾していることである
  • 看板を撮影したのだが実に面白い
  • 何度も通いたくなるくらいスープが美味しい
  • 普通に話すことが出来たのだが感動した

だいぶ前に「語彙力の無い枕草子」って流行ったじゃないですか(一部かな)アレを思い出しますね。

春のアレヤバい。
なんか山のところの紫のやつヤバい。雲ヤバい。

夏はなんかアレ。
光るやつ、虫の。アレヤバい。をかし。雨も。

秋も相当パない。
夕方ごろ鳥めっちゃ飛んでる。びびる。超すごい。あと夜もすごい。虫すごい。

冬寒い。明け方超寒いけど雪好き。

深く考えないでパッと使えるから

例えば。きれいなひまわりが咲いていたとします。

つい数日前に咲いていなかったひまわりが大きな花を咲かせて咲いていてびっくりした。鮮やかな黄色で美しい、と感じたとします。

これを「ひまわりやばい」と表現したらもったいない、と僕は思います。でも「やばい」という言葉には「パッと使える容易さ」があるわけですから使うのは間違いではないんです。でも、違う表現もあるのに「やばい」をパッと使ってしまうことはどうなんでしょう。

「ヤバイ」を使うと自分の首を締めることにもつながる

このブログを読んでいる人の中にはブログを書いたりTwitterをしたり「何らかの言葉をインターネットを通じて世界に発信している」人もいると思います。中にはもっと読まれたい、もっと受け入れられたい、発信している事をもっと拡散したいと思っている人がいるかもしれません。

でもその人が「ヤバイ」を多用するとすれば。

日本語というのはたくさんの表現方法があります。たとえば今は梅雨、雨の種類だけでも日本語でどのくらいあるか知っていますか?

雨の種類、言葉、表現を 95コ集めました 【一覧表】 | ジャパノート-日本の文化と伝統を伝えるブログ

季節感を感じさせる美しい表現もあれば、緊急性のある注意喚起性のある表現もあります。勢いを感じさせるものもあれば優しい表現のものもありますね。

でもこれを「雨ヤバイ」で表現することは「自分の感性を表現しきれない」ことにも繋がります。せっかく美しい言葉を表現できるのにあえて「やばい」で片付けるなど。

特にブログをしている人なら検索エンジンが「個」を求めていることも気づいていると思います。コピー文章や意図的に検索のみを狙って作られたかのような文章というのはことごとく順位を下げられ、サイト順位も下位に下げられていきます。

個を活かすために文章を連ねるなら「ヤバイ」と書かず「その時のその文章に最適な言葉を熟考し、時には辞書を引き、最適手として一文を記す」ことが大事なのかなと思ったりします。

さっきの例のように「咲いてたひまわり超やばかった」ではなく「先日見たひまわりが10cmくらい伸びていて、つぼみだったのが大輪の花を咲かせていてびっくりしたけどすごく美しかった」としたほうがきっと相手にも伝わると思うのです。

むろん、Twitterなどのように「短く制限された中にどうしても意味を放り込みたい」のなら「やばい」で伝えることもあるかもしれません。が、あまりにも「やばい」を多用することで薄くなってしまうことがちょっと残念な気もします。

  • 読まれる文章を書きたい
  • ブログをもっと読まれたい
  • Twitterで拡散されたい
  • 日本語をもっと上手になりたい
  • わかりやすい文章を書きたい

そう思っている人がいるのなら、是非しばらくでも「やばい」を意識的に使わないでみると良いと思います。最初はきっと「ヤバイ」の代わりにどんな言葉を使ったらいいか、まさに言葉が「詰まる」ことが出てくると思います。

表現辞典などもありますが、こういうサイトもあります。

hyogen.info

感情表現の中で「悲しい」だけでも実にたくさんの表現方法があることがわかります。

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たとえばこれらを今まですべて「やばい」で片付けていたとすれば。言葉を自由に操ることが出来るようになるにはかなりのリハビリが必要かもしれません。

でも、これらを知り使う事ができるようになれば、自分が発する言葉たちの奥行きとかトーン、感情の起伏というのは今まで以上に豊かになると思います。言葉というものは道具であり、使えば使うほど熟練していきますが放置すればするほど(ヤバイという言葉で片付ければ片付けるほど)退化していく部分があるともいえます。

そう、それがタイトルにも入れた「自分の首をしめる」という意味です。

文章の書き方や表現で少し迷っている方がおられたら参考になれば嬉しいです。

※だからといって「使うな」という主張をするわけでも「使ってる人はダメ」と言っているわけでもありません。言葉というものは使うことで年月をかけて育っていくものですし、ら抜き言葉のようにだんだんと認知されていくものでもあります。でも「やばい」が今までの言葉をすべて集束させるのかというとそうではありませんので。