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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

ファンキー加藤の会見と「させていただく症候群」

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「させていただきます」の違和感

今更なんですけどファンキー加藤の話。何が起きてどんなふうになってるかは僕にとってはどうでもいい話。芸能ニュースなんてどれもそうじゃない。ただ、会見ですごく気になったのはファンキー加藤のリポーターへのコメントの一部。

気になったのをちょっと抜き出してみます。

「僕の方から声をかけさせて頂いたので~」
「~連絡先を交換させて頂きました」
「細かい話は控えさせていただきますが~」
「何度か飲ませて頂いたことがあったので~」
「柴田さんともたくさんお話し合いをさせていただきまして~」
「それもまたお話させていただこうかなと~」
「話し合いはさせていただきました」

「する」の謙譲語「させる」を使うことで自分をへりくだって発言をしているのはもちろんわかるんですよ。あまりに低姿勢な発言を連発されると逆に謙虚さがなくなってしまうように思われます。

自分に責任があり、自ら行動した結果今の状態になっているのだと理解しているのなら

「僕の方から声を掛けました。責任は僕にあります」
「連絡先を交換しました」

はっきり言えばいいと思うんですよ。このように聞いてて違和感のある用法を「させて頂く症候群」と呼ぶのですが、ちょっとだけ勉強してみましょうか。

「させていただきます症候群」って?

www.nhk.or.jp

さすがNHK。この辺りはしっかり抑えてあります。民放のアナウンサーなどと違いNHKのアナウンサーは日本語教育がしっかりされています。それはきちんとした日本語の専門家をチームとしていれているから。

まずこのページ、いきなり答えを書いてしまいます。書いてしまってから理由を書いていきますね。答えがきちんとわかっているから頭に入っていく言葉もあるということです。ミステリー小説ではないので「わかりやすく書く」も大事。

明鏡国語辞典には、「自分の行為が相手の許容の範囲にあるという、へりくだった遠慮がちな気持ちを表す。しばしば相手に配慮しながら、自分の一方的な行動や意向を伝えるのに使われる」とあります。
「一方的な行動や意向を伝える」というところに問題がありそうです。

 ファンキー加藤の発言もここの意味でしょう。

「させていただきます症候群」の5つの形

迷惑を掛けたいろいろな人のことを考えた上で配慮しながら自らの行動、意向を表現しているのですから。そして次に山岸さんはこの「させていただきます症候群」を5つのタイプに分けます。

1.すっり話そうよ型
 「させていただきます」は使わずそのまま表現したほうが話がすっきりする場合
 「僕の方から声をかけさせて頂いたので~」
 「細かい話は控えさせていただきますが~」
 「それもまたお話させていただこうかなと~」

2.誰を立てているの?型
 「させていただいている」人が自分の身内、上司だったりするともちあげる相手を間違ってしまっているから

3.だれに許可をもらったの?型
 「やらせていただく」許可を得る必要がないのに使用していること
 「~連絡先を交換させて頂きました」
 「何度か飲ませて頂いたことがあったので~」
 「柴田さんともたくさんお話し合いをさせていただきまして~」
 「話し合いはさせていただきました」

4.自分勝手すぎるよ型
 「させてもらう」をやんわりと言い直した形で言葉の裏に強い意思を見せる。「させてもらう」と一方的な言い方
5.「さ」はいらないよ型
 文法上「さ」を抜いて使うものを間違えて「~させていただく」としようしているもの

この5つに分けて、これらに含まれる用法の場合は使用をすこし考えましょうということですね。この5用法の場合はすべて他の言葉に置き換えられるのですから。

最後に

そして山岸さんはこうまとめます。

服装を例に考えてみましょう。忙しく、服装の組み合わせを考える余裕がないとき、黒のスラックスは便利です。上半身とのバランスを考えなくても、黒のスラックスを身に付ければ無難なスタイルが完成します。「させていただきます」の場合は、無難なスタイルが完成しているわけではないのに、体裁が整ったように自分が感じてしまうのです。

 会見の場でとりあえず誠意を見せたい、責任のある発言をしたいと思うあまり、きっと言葉の語尾に「させていただく」を多用してしまったんだと思います。本当に伝えたい言葉というのは自分がへりくだることだけでも相手を持ち上げるだけのことでもなく、「気持ちを込めてまっすぐに伝える」こと。そこに尊敬や謙譲がうまく入れて伝えることができるとなお良いでしょうね(できるとはいってません)

日本語って本当に奥深い。奥深い上に日々進化しているんですよ。どれが正しいか正しくないかも少しづつ変わっていきます。「ら抜き言葉」もだんだんと認められてますからね。でも朝日新聞が使って随分叩かれてたようですが(笑)

blogos.com

まだ20期の国語審議会の発表から進展はないと思いますので。

付 「言葉のゆれ」について

(中略)

共通語の可能表現において従来の「見られる」に並んで、いわゆる「ら抜き言葉」の「見れる」も使われることは、「見る」の可能表現の「ゆれ」である。ところが、「見られる」を本来の正しい形と見、「見れる」を否定する立場からは、この両形並存の状態は「乱れ」ととらえられる。すなわち、「ゆれ」は客観的な認識、「乱れ」は価値判断を伴った認識ということになる。

「ゆれ」の多くは言語変化の過程における一時期の状態であり、一方に淘汰されて解消することが多い。一つの意味に複数の形が対応することは伝達の効率上好ましくない場合もある。

第二〇期国語審議会 新しい時代に応じた国語施策について(審議経過報告):文部科学省

 また面白い例があったら書いてみます。

 よろしく頼むぜ、ブラザー。

ブラザー

ブラザー