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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

五木寛之「親鸞」完結編を読み終わりました。

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五木「親鸞」は一緒に進む二つの流れ

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土日でゆっくり読もうと思っていた「親鸞」満喫しました!!

歴史小説によくありがちな時代考証をみっちりした上で積み上げるような文学ではなく、五木「親鸞」は流れるメロディのように楽しむことができました。

でもこれを楽しむにはやっぱり青春編の2巻と激動編の2巻は読んでおいたほうが1万倍楽しめると思います。ちょっとだけおさらいで先の2編を紹介しつつ完結編の感想などを・・・

 

「親鸞 青春編」

親鸞は最初比叡山で厳しい修行をするんですが、どんなに厳しい修行をしても仏の道を極められないと苦しみのうちに悟ってしまいます。そこへ同じく比叡山で修行した法然が山を降りて新しい仏の道「専修念仏」を広めているのを知り、親鸞もその教えにだんだん本当の仏の道があるのではないかと引きこまれていきます。

しかし、当時の政治は比叡山の仏教こそが正しい、専修念仏は間違った仏の道だということで法然や親鸞を京都から追放、一部の専修念仏の僧侶を処刑してしまいます。

その流れの中で親鸞と仲良くなり親鸞を守ろうとする人たち、専修念仏を怪しい、広まるのを許してはいけないと考える比叡山の僧侶の考え方や政治を行う人達との対比が描かれます。そして京都を追放された親鸞は妻恵信と流罪の地、越後に移り住みます。

「親鸞 激動編」

越後に流罪になった親鸞は越後での布教をはじめます。その地には外道院という弱者や貧乏な人を誰でも隔てず大事にする人たちや土着の風習、宗教などと自分の信じた専修念仏の教えを対比しながら親鸞は教えを広めます。京都の政治とは違った国司や荘代、守護地頭やお寺などがそれぞれの利権を求めて争うなかに外道院や親鸞も巻き込まれていき、ついには利権争いの中雨乞いを引き受けさせられてしまう親鸞。奇跡のように雨が降り外道院の人たちは船に乗って別れを告げ、親鸞は治療所を開き教えを広め沢山の仲間に出会いますが、法然がなくなったという話を聞いたことをきっかけに新しい土地、関東に移り住むことを決意します。

そこでも親鸞を受け入れる人、受け入れない人、古い考えと新しい考え、常に二つの流れの中で苦しむ親鸞が描かれます。そしてここでも親鸞を守る人、親鸞を蹴落とそうとする人たちが現れます。

「親鸞 完結編」

京都に戻ってきた親鸞は穏やかに本を執筆したり歌を書いたり。しかしそれを脅威に感じる比叡山出身の元僧侶覚蓮坊が政治や金やさまざまなものを利用して親鸞に襲いかかります。ついには親鸞の息子をそそのかして親鸞直筆の書物まで奪われることに。そんなピンチを昔からのメンバーやその息子、これまでに出会った沢山の人達が助けに現れてきます。

親鸞の教えを忠実に聞く唯円、親鸞の長男でありながら親鸞の教えを素直に受け止められなかった善鸞を対比させながら、ついに善鸞は間違った心を持ちながら東国に教えを広めに出かけ、親鸞から勘当されてしまいます。

昔の敵が現れ、昔の仲間が現れ、過去の事実が明かされ、物語は進んでいきます。そして最後親鸞はスーパーヒーローが死ぬ時のような派手さがまったくないまま、ひっそりと亡くなります。

感想

浄土真宗の開祖、高貴な人であるというよりは常に迷ったりくよくよしたり人間臭い親鸞が描かれています。実際この完結編では親鸞は本を書いたりしているうちに年を取りなんだかそっと死んでいくだけのような。

これまでに出てきた登場人物が歳を重ねてまた親鸞の前に現れるのは敵であっても味方であってもこの3部作にものすごく深みを与えてくれました。もちろん、これらの人たちが実在するか、しないかの問題ではなく「親鸞」という人が心迷ったり決断したりする中で「人との関わり」を大事にするということでも大事な登場人物です。

古いものと新しいもの、守るものと壊そうとするもの、弟子と親戚縁者。その中で自分を不完全な存在としてひたすら念仏をとなえる親鸞という人の姿はどこにでもいる普通の人だったと思いました。

読んでよかった完結編です。

親鸞 完結篇(上) (講談社文庫)

親鸞 完結篇(上) (講談社文庫)

 
親鸞 完結篇(下) (講談社文庫)

親鸞 完結篇(下) (講談社文庫)