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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

登り窯と鎖鎌と宍戸梅軒、そして一乗寺下り松。

☆雑感☆ ☆雑感☆-思うがまま
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小学校の時の話なんですけどね。

社会科のテストでこんな問題が出たわけです。「炉を仕切り、山の斜面などを利用して対流を有効的に使う窯をなんといいますか」みたいなの。ちょうどテストの直前にそれを習ったばかりなので誰もが簡単に答えられるはずだったんです。答えは「登り窯」。超簡単、ラッキー問題。

 

しかしそれを間違えた子が1人いました。しかも答え合わせの時に先生はわざわざ「この問題を間違えた子がいます。その子は「くさりがま」と書いたんです」と間違えた答えまで紹介するんですよ。今なら学級いじめ?それも先生が間違えた子の答えを取り上げて笑いを誘おうとするとは。

「のぼりがま」
「くさりがま」

ほら、似てるじゃない。こりゃ普通間違えるわ

 

しかし、その子は答案用紙を返してもらった時点で間違いに気づき「うわー登り窯のところ、くさりがまって書いちゃったよーてへへへ」と周りの子にしゃべっていたため、先生が「くさりがま」と発言した時点で誰が誤答したのかがわかっていたのでした。

「サキ!お前じゃねーかwww」誰かが叫びます。クラス中の視線が僕に集まるのがわかります。あ、それ僕なんです(笑)

ここで何か言わないとただの笑われ者になる、という密かな危機感。ここで一発何かリアクションを取らなくてはいけない。しかし泣き寝入りするか、誤魔化すか、聞こえないふりをするか、たくさんの選択肢。そして僕が選んだ答えは・・・

「あ、そうか。くさりがまは宍戸梅軒か」

ほとんどの生徒はポカーン。しかし先生はサキ少年に集まった視線をとり戻すため、みんなに聞こえるように言います。「そう、宍戸梅軒を知ってたんだ。宮本武蔵を読んだんだね」と。僕は「はい。なのでうっかりくさりがまと書いちゃいました」と答えました。騒ぎが収まった教室には「サキって歴史が得意なんだなすげえ」という空気が溢れました。ちょっとした逆転ホームラン。

そう、それが日本史大好きサキ少年の始まりだったのです。
(すいません、それはちょっといいすぎ)

 

宍戸梅軒は吉川英治の「宮本武蔵」で登場する鎖鎌(くさりがま)の達人。史実には登場しないので吉川英治が創作した人物だとされているようです。鎖鎌というのは長い鎖の先に片側にはおもり(分銅)がついていてブンブン振り回し、相手を絡め取ろうとします。そして反対側は鎌がついていて、相手を切り裂くという大変危険な武器。

分銅に気を取られると鎌で切りつけられる、鎌に気を取られると分銅が飛んで来る、そんな描写があったような(それはポプラ社の宮本武蔵だったかなぁ。キュリー夫人にエジソン、ライト兄弟にナイチンゲール、ファーブル。いっぱい読んだなぁ)

忍者小物 TKN-302K 鎖鎌

忍者小物 TKN-302K 鎖鎌

 

 

 さて、なんでこんな話を思い出したか。実は昨日、こんな所の前を通ったんです。

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宮本武蔵が吉岡一門と死闘をくりひろげたという一乗寺下り松。室町時代から続く吉岡道場を2人も破った宮本武蔵はここで私闘を行うことに。宮本武蔵1人に対して相手は吉岡一門の70名。しかし武蔵はここでもバッタバッタと相手をなぎ倒し、ますます宮本武蔵は強いという名声を高めたのでした、という伝説ね。これも諸説あるようなので興味がある方は各自でぜひ。

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上手に撮れてませんが「宮本吉岡決闘之地」と書いてあります。上手に撮れなかったのは、ちょうど撮ろうとしてるところにカップルが来て、「宮本武蔵だ、きゃー」という女の子が「決闘だって、ほらあのくさりなんとかで戦ったんだって」と話を続けるのを「そうだよ、くさりなんとかだよな」という彼氏に

「くさりなんとかじゃなくて鎖鎌だ、でも鎖鎌は宍戸梅軒で吉岡一門じゃねーからな」とモヤモヤでいっぱいになったため。そう、そこで今日の話「登り窯と鎖鎌と宍戸梅軒、そして一乗寺下り松」のストーリーが醸成されたわけです。あの時のカップル、なんだかありがとう!