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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

ニコポンはゆとり世代にも有効なのか

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人を懐柔する手法を「ニコポン」と呼んでいました

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突然ですがニコポンって知ってますか?

《にこにこして、相手の肩をぽんとたたくことから》親しそうに応対して相手を懐柔すること。もと、明治後期の首相、桂太郎の巧みな政党懐柔策を評した語。

にこぽん(ニコポン)とは - コトバンク

 人を懐柔するときに使う手法なんです。今日はそんなお話から。

明治時代に桂太郎さんという総理大臣が出たんですが、その人は軍隊出身。いわゆる元老と呼ばれた明治維新で功績のあった人ではなかったんです。こんなおっさんにはたしてちゃんと総理大臣なんてできるのか?という下馬評をものともせず、この桂太郎さんは着実に実績を積み上げて日英同盟、日露戦争、韓国併合などをやってのけた。

その方法がいわゆる懐柔策。命令するわけでなく弾圧するわけでなく、手懐けるんですね。政界や財界の偉い人のところに行って「よろしく頼むよ」「君だけが頼りだよ」「いやもう君にしか頼めないんだから」と【ニコニコ】しながら相手の肩を【ポンポン】と叩き相手の懐に飛び込んだと言うんですよ。そこで桂太郎さんは「ニコポン宰相」とも呼ばれるんですね。

そこから相手を懐柔することを「ニコポン」というようになったんです。その方法を「ニコポン学」とか「ニコポン哲学」とか「ニコポン式」などと呼ぶようになりました。

私の得意技:ニコポン手法

で・・・このニコポン、僕はめっちゃ得意なんです(笑)

ある会社でマネジャーをした時にやらざるを得なかったというか。中途入社で入って研修した支社を1年後に統括マネジャーとして仕事をしなきゃいけなかったんです。1年前には「教えて教えて」と言ってた僕が一年後に「あれこれやそれこれ」と命令しなきゃいけない、さらに低迷してる売上をV字回復させないといけない。

「いやもうちょっとだけ頑張ったらエライことになるでこれは」「ここまで手伝うからさー」「ココをこうすると絶対さらによくなるなこれは」「いやこれ絶対後でボディーブローみたいに効いてくるよキタコレ」ただでさえやりたくない人達をなんとか頑張ってもらうにはこれしかなかったんですけどね。そもそも僕に君臨するだけのマネジャー適性がなかった、というのが最大の欠点だったんですけど(後述は絶対しない)

そしていつの間にやら愛されキャラのようになってしまったサキマネは上層部より「あいつ懐柔してるつもりが懐柔されちゃってるでこれ」という評価を頂き都落ち。新拠点開拓要員に配属替えになったことは記憶に新し・・・くないわ黒歴史。

ゆとり世代にもニコポンは使えるのか

さて、「ゆとり世代」。

もちろん、小中学校2002年の学習指導要領の変更はあったけど「パイはおよそ3」とかいう指導は実際にはなかったらしいし(ただ小数の掛け算は小数点以下第一位で計算を終えましょう、みたいなのはあったみたいですね)、時間に追われなくなった分じっくりと考えることが出来るようになった世代、とも言えるので一概に悪い意味での「ゆとり世代」というのではないんです。就職なんて結構たいへんな苦労をして入社してるわけだし。

ただ、インターネットの普及というものが影響するのか、なんとなく共通して言えるのが「コミュニケーション能力が昭和世代とかなり異なる」という点。直接喋ればいいのにいつまでもメールのやり取りをしてみたり、ブワーッと紙に書いてFAXで送ったら良いのにパソコン立ち上げてワード立ちあげて文章作ってグズグズグズグズグズグズ・・・ハッ!いやそういう話じゃなかった。

そういう世代にニコニコしてポンポン肩を叩いて「君だけが頼りだよ」ってやってみるとどうなるか、という話です(やっと本題)

まず、「君だけ」という言葉に対する反応がユルイ。SNSでの拡散とかが早いせいかもしれないけど、君だけという囲い込みに優越感を感じない(気がする)褒められることに慣れていないのかもしれない。褒めたら伸びるというよりは「褒められたら褒められた、以上」と終わってしまう虚しさ。褒められたんだから「よーし!もっとがんばろう」という風につながらなかった気がする。

そして「よろしく」にもなかなか応えてくれない。「いやー僕の出来るだけの事はやるっすよ、でもダメだったらすいませんペコリ」とか頼りがいのない反応が返りがち。任せられてもダメなときはダメっすよ、という潔さ。これはパソコン世代の「0か1か、オールオアナッシング」が影響しているのだろうか。

しかし彼ら。相手と直接向き合わずメールなどのやり取りに長けているせいか、文章力はなかなかのもの。「ぐぬぬ」というしかない報告書とかをきっちりとあげてくる。ゆとりのせいで詰め込む必要がなかったから発想が自由なのかもしれない。

っということで・・・

ゆとり世代にニコポンは通用するかというと「通用しない」でも、そもそも彼らにはニコポンが必要じゃなくって「言えばやる」から要らない、というところなんでしょうね。そんなゆとり世代の子たちのことは嫌いじゃないのであしからず、むしろ好き。