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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

自分の子供がもしいじめにあったら、被害届を出すという方法があります

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学校のいじめの問題。生徒間の問題はともかく学校の対応や親の介入の仕方、教育委員会の姿勢とかでとかく問題になりますよね。当然ながら「いじめた」側は悪いし、「いじめられた」子はいじめから救い出さなくてはいけない。いじめはやっぱりいけないことですよ。いじめた側もいじめられた側も人生に影響が大きくあるから。

遊び半分で始まったからかいがいじめに変わるまでに大人はストップさせなくてはいけないです。気付けなかった、じゃなくて気付こうとしなかった大人が多いんですよ。

ちょうど今は運動会のシーズンで、親が学校に行くことも多い季節。学校で親同士が顔を合わせることも多くあり、受験の事とか友達付き合い、塾通いの事とか情報交換の場としてなかなか競技そっちのけになることもあるんだとか。

そこで出会ったママ友の話から家庭内でいろいろと話しが進み、「では自分の子供がいじめられた場合、親としてはどんな対応を取るか」という話になっていました。

学校を変える、学校に乗り込んで校長先生に直談判、担任を家に呼ぶ、いじめている家に乗り込んで吊るし上げる、教育委員会だ政治家?だ、いろいろ作戦はありそうな気がする。僕はそう思っていました。

が、家人はさらりと言ってのけました。「相談?そんなことしない。警察にさっさと被害届を出す」と。

  • うちの子に限って、という立場をとりがちないじめた側の親
  • なるべく穏便に済ませたい学校
  • 自分のクラスにいじめがあったことを認めたくない担任
  • 積極的に解決には動かないであろう教育委員会

こんなところに話を持って行ったところで解決なんてするワケがなく、できることなら「なかったこと」にして穏やかに過ごしたい、もしくは被害者側を黙らせたいくらいの対応を取る可能性があるわけです。事件が起きないことが学校や教育委員会の評価になることですから。

 

 

じゃあ被害届って何か。

被害届は、私人による任意の書面であることから、犯罪事実を捜査機関に告知する役割を果たし、実際に捜査の端緒として活用されることが予定されているものの、法律上所定の効果をもたらす告訴ないしは告発としての性質は有さず、親告罪の場合における起訴の要件を満たすものではないと理解されている。すなわち、被害事実についてのみ申告するものであって、犯人の起訴を求める意図は、通常の被害届には含まれていないため、被害届があっても捜査を開始するかどうかは担当警察官もしくは担当課長の判断に左右され、告発や告訴と違い被害届には署長決裁が不要なうえ、警察本部への報告義務もない。そして、被害届は、刑事訴訟法に全く記述されていない。 被害届 - Wikipedia

 「いつ、どこで、どんなことがあったか」を警察に届け出るものです。告発状ではないので「逮捕してくれ」というものではなく、あくまでも「被害を受けた」と届け出るもの。

 犯罪捜査規範第61条第1項((被害届の受理))

警察官は、犯罪による被害の届出をする者があつたときは、その届出に係る事件が管轄区域の事件であるかどうかを問わず、これを受理しなければならない。

 書面がきちんと記載されていれば受理しなくてはいけません。滋賀県のいじめ事件ではそれらを不受理にした警察が問題にもなっていたようです。まずは被害届を警察に出す、そこから学校へ。被害届を出したうえでの学校とのやりとりで事実関係の確認と加害者の特定、いじめの中止、再発防止策の検討そのほか。対応がきちんとできたのであれば被害届を取り下げたらいいんですから。

でも、一番大事なのは「なりふり構わず自分の子どもを守ろうとする姿勢」だと思います。「お願いですからうちの子をいじめないでください」とか「学校の対応がうんぬん」ではなく「ウチはうちの子を守る」という立場に親がなること、かな。それが自分の子供にできる最大の防御だと思うから。

まだ結婚もしてないし子供の事なんてわからない、という読者さんもいるだろうし、いろんな苦労を乗り越えて子供が独り立ちした大先輩読者さんもいると思います。でもきっとうなずいてもらえると思うのは、「自分の子供は愛おしい」ということ。

大学の時の友人で「子供?大嫌い。ビービー泣いてうるさいしオムツ変えたり夜泣きしたり大変だし、自分の時間を犠牲にしなきゃいけないなんてありえない、絶対に結婚しても子供なんていらない」と学生の頃に言い切ってた子がいました。

その子は大学を出てから結婚し、しばらくしてから再会。よちよち歩きの可愛い女の子と手を繋いで歩いてきました。彼女いわく「自分の子供がこんなに可愛いとはまったく思えなかった!オムツ替え?素手でも全然平気。夜泣きすら愛おしいの!」

人の心は変わるものです。きっかけがあったら変えられる、というものかもしれません。