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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

行儀の良さがマナーとなって態度に現れる

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今日は1日降ったりやんだりの京都でした。

 

僕は老若男女問わず、「行儀のいい人」が好きです。それもマナー本に載ってるような事ではなくて、サラリと心地いい態度を見せられる人。行儀のいい人はどんなところでも「相手の身になった行動を取れる」と思うんです。今日はそんな話です。

ある日、お年寄りが傘をパタリと落としました。その方の手には荷物が。このときに一瞬のためらいもなく近寄って傘を持って「渡すのではなく拾いあげて待つ」子がいたんですよ。

傘を拾ってもらったお年寄りは荷物をきちんと持ち直してから「ああ、おおきに」ってその子から傘を受け取る余裕があるんです。でも拾った傘をいきなり渡されると、お年寄りにはその余裕がないでしょ?その間を作れるところにすごく「ああ行儀がいいなぁ」って思ったのでした。それをたまたま見た僕までなんか心地いい。お年寄りが手荷物を整えて、傘を受け取るとその子はお年寄りのお礼をそこそこに笑って去って行きました。

でも逆に。

どんなに高そうな服を着てどんなに丁寧な言葉を使っても「私は客だ」という意識の高い人は「行儀わるいなー」と思ってしまいます。それとか「旅の恥はかき捨て」丸出しの観光客とか、「どうせ私はオバタリアン」(死語笑)と無敵モードに勝手に入ってしまうおばはん(失礼、淑女)とかね。ああ行儀悪い。

人の振り見て我が振り直せ、じゃないけど。「自分以外の誰かにとって何かしらのいい影響を与えられるような人になれたらいいなあ」と思うし、「誰かからサキって行儀悪いよなあ」って思われるのはすごく嫌。それはお金持ちでも貧乏でも若くても年寄りになっても同じ、1人で生きてるわけじゃないし誰かのおかげで自分が行きているんだから、身の回りでちょっと困ってる人がいれば差し伸べられる手はあるんじゃないかってね。

マナーとは「相手から心地よい人と思われるための動作、しぐさ」ですからね。本を読んだから体得できるものじゃなくって、やっぱり『こころ、気持ち』から出てくるんですよね。常に気を配っておきたいところです。

 クレドで有名なリッツカールトンホテル。ここは接客マニュアルもきちんとしているけど、その最も深い考え方に「お客様が心地よいと感じてくれることが最も大事」であり、「心地良いからまた来ようと思ってもらえること」が最高のマーケティング戦略だとされています。

マナーもそう、マーケティングもそう結局は人間の心の底からの問題なんですよね。