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あれこれやそれこれ

雑記系ブログのさらなる高みを目指すブログ

性善説を信じた根拠。人は生まれながらに善なのです

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性善説って・・・なんだっけ?

高校の時に習った性善説の説明。さて、性善説ってなんだったっけ、という方のために一応リンクを。Wikipediaって本当に賢いよね。

孟子の「性善説」とは、あらゆる人に善の兆しが先天的に備わっているとする説である。善の兆しとは、以下に挙げる四端の心を指す。なお「端」とは、兆し、はしり、あるいは萌芽を意味する。

性善説 - Wikipedia

そう、この「善の兆しが先天的に備わっている」というのは人間は生まれつき善なんです。なのでそのまま素直でいればいいのです。悪いことをした人っていうのはちょっと何かを勘違いしただけなのです。

たとえ話。
つかまり立ちがやっとできたばっかりの赤ちゃんが井戸の中を覗きこんで今にも落ちそうになってたとするじゃない?どんな銀行強盗犯でも詐欺師でも「あっ危ない!」って思うのです。そして手を差し伸べて赤ちゃんが落ちないように走る!!ほら、それは人間は本来「善」である証拠なのです。もし人間が悪ならば、「ふん、赤ん坊が落ちようがなんだろうが自分には関係がない。助けたってなんの得もない」と思うんでしょうし。

 それは感受性の強かった僕の心にすっごく取り憑いた。何十年も前に習ったことを今でも覚えているくらい。 今、ネットの世界ではものすごく薄っぺらい言葉で「絆」「一期一会」が使われている。絆と言わなければ連帯感を作れないわけでもなく、一期一会と言わなければ人を大切にもてなすことができないわけじゃないのに。ただ、目の前にある縁を大事にしていればそんな難しい言葉で人の善意をPRする必要なんてない。だって本来人間は元々から「善」なんだから。